守屋美穂(登録番号:4482)に旦那(彼氏)はいる?ボートレースの選手になったきっかけは?
ボートレース界で「艇界の怪力美人」として圧倒的な人気と実力を誇る守屋美穂選手。愛らしいルックスとは裏腹に、かつてウエイトリフティングで日本一に輝いた経歴を持つ彼女は、女子レーサーの中でもトップクラスの旋回技術を持っています。ファンの間ではその圧倒的な強さはもちろんのこと、現在の私生活やボートレーサーになった意外なきっかけについても高い関心が寄せられています。本記事では、守屋美穂選手のプロフィールから、デビュー当時の苦労、そして気になる現在の結婚や交際相手に関する状況まで、最新の情報を交えて詳しく解説していきます。
1. 登録番号と氏名(ふりがな)?
ボートレース界のトップを走り続ける守屋美穂(もりやみほ)選手は、登録番号4482番として知られています。彼女は101期生としてデビューし、現在は岡山支部に所属する実力派レーサーです。キャッチフレーズとして定着している「イーグルヴィーナス」や「艇界の怪力美人」という呼び名は、彼女のパワフルなレーススタイルと、高校時代に培った身体能力の高さ、そして何より多くのファンを魅了する美しい容姿に由来しています。
2. 生年月日・プロフィール・趣味・座右の銘は?
守屋美穂選手は1989年1月20日生まれで、岡山県出身です。身長153cm、体重44kg前後と小柄な体格ですが、倉敷商業高校時代にはウエイトリフティングの48kg級で全国優勝を果たした実績を持つアスリートです。趣味はショッピングやおいしいものを食べることと公言しており、ハードなレースの合間にはリフレッシュを大切にしています。座右の銘は「継続は力なり」を掲げており、その言葉通り、日々の地道な努力を積み重ねることで現在の地位を築き上げました。
3. ボートレーサーを目指すきっかけは?
彼女がボートレーサーを目指した最大のきっかけは、父親の熱心な勧めでした。高校時代にウエイトリフティングで頂点を極めた守屋選手でしたが、将来の進路を考えていた際に父親からボートレーサーという職業を提案されたそうです。地元にボートレース児島があり、競技自体が身近だったことも影響しています。当初はボートレースについて詳しく知りませんでしたが、アスリートとしての高い身体能力を活かせるプロの世界に魅力を感じ、養成所への入所を決意しました。
4. デビューと初勝利
守屋美穂選手のデビューは、2007年11月20日に尼崎競艇場で開催された一般戦でした。初出走の結果は6着と厳しいプロの洗礼を受け、その後も一節で2度のフライングを喫するなど苦悩する時期もありましたが、努力の成果はすぐに現れます。初勝利を飾ったのはデビューからわずか約1ヶ月後の2007年12月29日、びわこ競艇場での第7レースでした。このレースで彼女は大外6コースからトップスタートを決め、見事な差しで1着をもぎ取り、ファンにその才能を知らしめました。
5. 初の1着は何年何月何日
前述の通り、守屋選手が初めて1着を獲ったのは2007年12月29日のびわこ競艇場第7レースです。デビューから22走目という早さでの水神祭となりました。このレースは6コースからコンマ09という鋭いスタートを放っての勝利で、当時の3連単配当は17,350円という高配当を記録しています。新人レーサーが不利とされる大外枠から、ベテラン勢を相手に堂々とした立ち回りで勝利したこの瞬間は、その後の彼女の躍進を予感させる記念すべき一戦となりました。
6. ボートレースでの大きな事故は?
守屋選手は非常に高い操艇技術を持っており、転覆や落水の回数は他の選手と比較しても少ない部類に入りますが、過酷な勝負の世界ではアクシデントも避けられません。大きな怪我には至りませんでしたが、2024年9月には地元・児島競艇場のオールレディース戦で転覆を喫し、ファンを心配させたことがあります。本人は幸いにも無事でしたが、トップレーサーとして常に限界を攻めるレースをしているため、転覆による恐怖心が残ることもあると語っており、精神面の強さも試される経験を乗り越えてきました。
7. 初優勝は?
デビューから着実に力をつけた守屋選手が、悲願の初優勝を飾ったのは2013年2月28日のことでした。場所は鳴門競艇場で開催された「ガールズチャンネル開設記念オール女子戦なると金時杯」です。この時、守屋選手は5号艇5コースから思い切ったまくり差しを決め、劇的な逆転勝利を収めました。デビューから約5年3ヶ月、通算1,000戦目という節目での初V達成となり、多くのファンや関係者から祝福を受けました。これが彼女の輝かしい優勝歴の第一歩となったのです。
8. 一番近い優勝は、何年何月何日?どこで?
守屋美穂選手の最も新しい優勝は、2026年2月11日のボートレース児島で開催された「ヴィーナスシリーズ第21戦 第15回クラリスカップ」です。この優勝戦では1号艇からコンマ22のスタートで力強く逃げを決め、地元での圧倒的な強さを見せつけました。3連単の配当は1,140円で、断然の1番人気に応える快勝でした。これにより彼女は児島での女子歴代最多優勝記録を更新する単独トップの8回目のVを達成。通算では40回目という節目に迫る、通算39回目の優勝を飾っています。
9. 私生活と現在の状況は?
現在の守屋選手は、トップレーサーとしての顔だけでなく、一児を育てるママさんレーサーとしての顔も持っています。2015年には出産のために一度レースを離れましたが、復帰後も衰えるどころかさらに勝率を上げ、女子賞金ランキングの上位に名を連ねる活躍を続けています。育児と過酷なレース転戦を両立させる生活は非常にハードですが、子供の存在が最大のモチベーションになっていると語っています。また、2024年に喫したペナルティによる出場停止期間も乗り越え、現在は第一線に復帰しています。
10. 独身?結婚してる?交際している相手はいるの?
結婚や交際相手についてですが、守屋選手は現在「独身」であるとされています。過去には2013年に同じ岡山支部の山口達也選手と結婚し、おしどり夫婦として有名でしたが、2020年頃までに離婚していたことが明らかになっています。現在はシングルマザーとして子供を育てながらレースに打ち込んでいます。再婚や特定の彼氏に関する公式な発表や有力な噂は現在のところなく、今は何よりも子供との時間と、ファンを熱狂させるボートレースの勝利に全神経を注いでいる状況です。
11. まとめ
守屋美穂選手は、父親の勧めでボートレーサーの道を選び、天性の身体能力とたゆまぬ努力で女子ボートレース界の至宝となりました。私生活では結婚と離婚を経験し、現在は一人の母親として奮闘しながら、SGやG1といった最高峰の舞台で男性レーサーを相手に互角以上の戦いを繰り広げています。2026年2月11日に地元・児島で記録を塗り替える優勝を果たしたことからも分かる通り、その実力は依然として進化し続けています。多くの困難を笑顔で乗り越えてきた彼女の快進撃は、これからもファンの心を掴んで離さないでしょう。

コメント